Friday, September 10, 2010

9月8日北欧最後の日

朝4時50分。
サンダーフィヨルドの駅。
5時4分の電車で、ひとつ向こうの
トープという駅まで。
そこから、空港のシャトルバスにのる。
4時20分起きだったので、寝過ごしてはいけないと、緊張して、ほとんどねむれず。
3ヶ月くらいまえに飛行機のチケットを買ったときは、あまり、真剣に考えてなかったけど、
オスロから150キロほど離れた空港なので、かなり、不便。
KLMは、安かったので、買ったけど、
結局、1泊しなかればならなかったし、
早朝だし、かなりきつい最後となった。
マイナーな航空会社は、このトープ空港になるらしいので、
KLMを次回つかうときは気をつけようとおもう。


わたしたち以外なんと誰もいない駅のホーム。

ヘッジホッグ。

この2ヶ月と1週間に及ぶ、北欧の旅の最後を飾ったのは、ハリネズミ。
駅をとことこ歩いていた。

どうなることかとおもっていたが、
無事終了。
怪我も病気も(私が、1日熱をだしたが)しないで、最後までこれたことを誇りにおもう。
私の人生のなかで、いちばん実りのある夏となった。
”いったい、みんなどんなものたべてるの?”
という疑問を常々持っていて、今回それをみることができ、夢がかなったような感じともいえる。
みんな、すごい、パワーで作り、工夫し、たべる。
どの家も朝日がさんさんと降り注ぐ気持ちのいいキッチンだった。
これは、うちにない。

大勢で、わいわいいって食べる。
これもうちにない。
うち3人だけ。

自分の普通の生活の中で、できないものをたくさん経験したことは、かけがえのないものとなるだろう。
優しい人たちにたくさんあった。
フィンランドでは、公衆電話がないので、こまっていると、
自分の携帯をかしてくれたひと。
雨が降っているのに、車を止めて、道を教えてくれたひと。
行く先々で、たくさん優しい人たちにあった。
ファームのオーナーから、ファームで働く仲間から、
たくさんの人たちとの出会いがあった。

フィンランド、スエーデン、ノルウエー。
日本とさほど、サイズはかわらないが
人口は、どの国も、5,000,000くらい。
どこに行っても、あまり、人がいない。
そのせいか、みんなあくせくしてないようにみえるし、
ひととのつながりがとても、濃いようにみえる。
日本はひとがおおいけど、アパートで、隣に住む人を知らなかったりする。
日本の田舎と一緒で、人とのつながりが強いように見えた。

たとえば、最後のノルウエーのファームのヴェモンドは、ビールをつくるので、近所のひとがお祝いをしたいことがあるので、ビールもらいたいのとやってくる。
ビールをやる。
次の日、ベリーがいまさかんだから、摘みにおいでと声がかかる。
摘みにいく。
次の日、きのこがいっぱいとれたから、おすそわけ。
そういう具合。
 昔はそうだった。
そういう暖かいつながりがなくなりつつあるけど、
ここは、そういうことは、生活そのもの。
ほんとに、すばらしいとおもう。
豪雪地帯。
何があるか予測はつかない。
みんな助けあって生きていく。

UAEで、10年。
なんでもスーパーに行けば売っている。
というような生活をしていると、人間本来あるべき状態をすっかり忘れ去ってしまっている自分に気がついた。

私たち3人を、受け入れてくれた4つのファームには、ほんとうに 
感謝にたえない。

そして、
チケットの手配から、ホテルの予約、
重いバッグ運びから、
ファームでの大変な労働まで、
何一つ愚痴をこぼさず、やりとおした、
Aki’s dadにも、
感謝したい。

ごくろうさまでした。







9月7日 Norway 最後の日

ユーリアン。



右目の上あたりが、皮膚病のようになり、病院につれていかれてからあと、足でかいてしまうのを防ぐため、エリザベスカラーをつけられていて、情けないすがた。
この彼とは、すごく仲良くなって、ダンスもした。
2本足で立つとわたしの高さはあまりかわらなくなる。



アイナーを最後の抱っこ。
別れはつらい。
朝、7時半。
みんなに別れをつげ、
セルさんが、Elverumの町まで、車で送ってくれた。
1時間かかった。
そこから、バスで、2時間。
オスロ着。
サンダーフィヨルドまで、電車。
一人243コロナ。子供は、ただ。
1時間かかった。

セルの車の窓から、最後のGravergetの町。


Elaverum からオスロに向かうバスから。


平地がつづくようになる。
麦の刈り取りがおわったあとらしい。



サンドフィヨルドの町での写真。
なんだか、日本と違うアパートの雰囲気。
何でか最初はよくわからなかった。
よくみると、木。
木造アパートです。
さすが、ノルウエーです。

Torp空港から、明朝7時に飛行機がでる。
5時半に空港につくようにするため、
ひとつ向こうの、
サンドフィヨルドという街で、最後の北欧の夜をすごすことになった。

これも、アパートらしい。
こういう木のアパートなら、住んでもいいな。


フィヨルド。
中学のとき習ったフィヨルドとかに、来る機会があるなんておもいもよらなかった。
地図でみると、なんにもないようだけど、
ちいさな町だけど、きれい。

フィヨルドツアー?
おおきな客船が停泊。

最後の夜。
久しぶりに自分たちのお金で、夕ご飯をたべることになった。
シャッターチャンスでした。
あき作。

スクラップブック作って、これをはるのとかいっているけど、
乾燥して、ぼろぼろになるのが、わからないのかな?

フィッシュスープ。

子供用、メニュー。あきが注文。

私の、注文。
きのこのリゾット。
カンタレルという、黄色のきのこがはいっていて、おいしかった。
歩いてレストランをさがしているとき、
なるだけひとがはいっているところを探してはいったのは、よかったみたい。
今回の旅では、ほんとうにおいしいものにたくさん出会いました。


あきが食べた後。
いかにおいしかったかがわかる。

レストランの前に停泊していた、バイキングシップ。


Thursday, September 9, 2010

9月6日 Norway 15日目

最後の日。
明日は、早朝の出発となる。
犬を連れて、最後のリンゲンベリー摘み。

セルさんのパン。

塗り残しを、ダイソーで買ったわたしの水彩筆でぬる。



窓も入って、後は、内装をのこすのみ。

最後の犬たちのとのたわむれ。

先日の霜で、葉っぱはこのとおり。

畑は、ほとんど、耕されていないので、私たちが、スコップでほりおこし、石をとりのぞく。
どうも、フラットな畑が好きらしい。耕してないので、コケが生えるほど、硬い土。
これでは、野菜はそだたないだろうとおもった。
耕運機で耕せば、30分もあればおわるような小さな畑なのだけど、
そういう機械はない。
たぶん近所にももっているひとはいないよう。
だから、人力のみ。
畝は、かなり、ひろくなりすぎたので、後で、修正してもらわなければならない。




最後の仕事のあと、
隣のアンさんのところが、レッドカラントを摘みにおいでというので、みんで歩いている途中。
わたしたちは、見下ろしているように見える。

これが、レッドカラント。

かなり、すっぱいベリー。
これは、野生ではなく、庭に植えられたもの。

アンは、馬を3匹ももっている。

どれも、とてもひとなつこくて、かわいい。
馬が、近づきすぎて、挟み撃ちにされているあき。

夕方は、馬は、小屋に帰るので、ロープをもたせてもらった。

うまれて、はじめてでちょっと緊張。

レッドカラントを摘ませてもらい、馬とも遊んだので、帰宅。

歩いてかえったとたん、アンさん馬で登場。

なんと、あきを乗せてくれた。

馬の鞍。
はじめて、しみじみみました。
これは、アメリカのテキサス産でした。


動物は、育て方しだい。
上手に育てると、ひとなつこくなる。
人間もそうでしょ?
アンさんのいうことあたってるかも。
うちの猫、抱かれのを嫌がるのは、どうもわたしの育て方に問題があったのかなー。

アンさん、やはり、さまになってます。
おかしかったのは、電気フェンスの向こうの3匹の牛たちが、
馬に近づきたくて、しょうがないようす。
牛の首のベルがじゃらじゃらなり響く。
よくきくと、おなじファームからきたらしい。
牛が’馬にハロー、元気?
ってでもいってるようだが、
馬は、ちょっとおすましで、ちょっと、声かけないでよこんなとこで。
とでもいいたげ。


最後の夜。
セルさん、またまた、おいしいものつくってくれました。
ノルウエーの伝統的なシチュウ。
豚の足と、イエローまめです。
豚の皮の部分がとろっととろけと、もう感激。
このシチュウには、はいってないけど、
つめの先まで、食べるらしい。
豚の足先まで食べるのは、
中国人だけでは、なかったことが判明。

今日、取ったレッドカラントのデザート。

クリームをいれて、ぶちぶちにつぶしてたべる。
ちょっと、すっぱいフルーツなので、クリームのまろやかさと、溶けあって、最高。

ベッドにいくまえに、最後の夜だからと、カードをかいてプレゼント。

私は、あなたたち一人ひとり、1匹1匹から、こういうことを学びましたうんぬんということが書かれている。



靴のドライヤー。
2週間もいて、やっと、写真におさめた。
雪で、靴がぬれると、靴のなかにこれをいれておくと、
電気ヒーターとなり、かわく。
豪雪地帯では、1家に1個かも。

先週、あたらしい玄関の部分の増設の一段落を祝って、あきが、書いたカード。


いろいろあって、この家にいる隣のおじさんセルさんへのカードは大笑い。
マッシュルームの上に足をおいていて、
小林旭のよう。
食べられるきのこと、食べられないきのこを即座に見極められる技をもっている。
森の見張り番のような仕事をしている人だから、まー当たり前なのかもしれないけれど。
きのこのスープから、なんだかんだと、おいしいものを
魔法使いのように、つくってくれた。

労働力を提供しているとはいえ、こんなにおいしいものを毎日いただいていいのかとおもうくらい。
できれば、レストランをやりたいという彼の夢がかなうことを祈りたい。

きのこといえば、
日本でのさくら開花予報のように、
きのこ予報が毎日のように新聞にでる。
その新聞の写真を撮り忘れたのは残念。
わたしたちのさくら予報を笑っていたけど、こっちからすると、きのこ予報のほうがよほどおかしいけど。ところかわればいろいろあるもの。