Friday, April 8, 2011

WOMAD



Hindi Zahara(France/Morocco)
Tarab Al Emarat(UAE),
Toumani Diabate(Mali),
El Tanbura(Egypt)
Ripton Lindsay(Jamaica),
Muntu Baldo(Cameroon),
Aurelio(Honduras)

踊った、踊った。
体を動かすって楽しいー。
1年に1度やってくるただのコンサート。
いすがあるわけでもなく、
地面にすわってのコンサートは、
寝転んで自由気まま。
こどもたちは、
鬼ごっこでいそがしく、
大人は、だらーっと、せんべいをたべながら、
1年に1度の楽しみを満喫。

今年は、1グループが終わるごとに、
外のステージまで歩き、
そこで違うグループのをきいて、
また、フォートのなかのステージにもどるというのを繰り返さねならず、
かなりつかれた。

WOMADの楽しみはもうひとつ。
パキスタン人やアフガニスタン人のおにいちゃんたちが踊り狂うのをみること。
のりのりのおにいちゃんたちは、
もう、エネルギー有り余ってるよーーといったかんじで、おどりまくる。
ただのコンサートだから、
だれでも入れる。
彼らは、日ごろのつかれをわすれ、踊る踊る。去年もおととしも彼らは、踊った。
ほんとにたのしそうで、見ているほうも楽しくなった。
しかし、
昨夜は、踊れるような曲がなくて、彼らのダンスが見れず残念。
ステージの前に山のように、集まったかれらは、
踊れる曲がくるのを、じりじりと待っていた。
わたしたちだって。
でも、そういうパッションを感じるような曲がでてこないまま、おわった。
次のグループに、期待したけど、
もう夜11時近い。
あきは、もう眠くて限界。
かえることにする。


でもRiptonLindsayさんのでは、
われを忘れて、踊りまくったわたし。
今夜もいくのです。
踊るわよーー。
ダンスは、地球を救う。
かな?





Thursday, April 7, 2011

ハンサムドラマー


半年にわたって練習してきたフローリストととしてのオーケストラの本番が、今夜終了。
セカンダリーのドラマクラブの
Treasure Islandのお芝居の音楽を26人で作られたオーケストラが生演奏。小学校からは、3人だけが参加している。あきのフルートと、あと二人バイオリン。
毎週の練習、1度もいやだといったことはない。
文句いわんなーと、不思議におもっていたら、
なんとドラムのお兄ちゃんがかっこよいらしい。

今日確かめた。
なるほど、
ハンサム。

写真を1枚とカメラをもって、
追いかける。

うちの子と写真を撮らせてもらえます?
といいだそうとしたとき、あきが消えた。

どこをさがしてもいない。

ショウが終わって、みんなだらだらと、会場から出ていくとこ、どこみてもいない。
結局、ハンサムドラマーとの2ショットはとれないまま終了となった。
彼は、来年は、大學にいくようなので、永遠に2ショットはやってこないだろう。残念。



音楽の先生が、
全部の楽器の楽譜をつくるのだから、
わたしのような、ど素人には、とんでもない作業にみえる。
指揮をするそのS先生、かっこよかった。
 緊張すると、偏頭痛がでてしまいがちなので、
あき本人もこわかったらしい。
薬まで、もっていったが、
偏頭痛は、でないまま、
じょうずにできた。
これでもう、毎週火曜の学校のあとの練習はないとおもうと、
ほっとするような、
気がぬけたような。

夏休みに向けて、
着々と、
行事が終わっていく。

来週は、
学校で、
コンサートがあって、
あきは、フルートの披露をする予定。
それが終われば、もう春休みで、
5月からの、
6月23日までで、
学校は終わりとなる。
なんだか、あっという間の1年に感じる今日この頃。


Tuesday, April 5, 2011

奇跡

写真にわたしの指はいってます。

3週間漂流した犬。
うそのようなほんとの話。
餓えと、寒さとの戦い。
木切れの上で、3週間。
眠ることもできなかったのでは。
感動の救出。

げっそりやせているわけではないので、
犬って、3週間くらい食べなくても大丈夫な生き物なのかも。
犬は猫とちがって、
寒さには、強いとはいっても、
3週間も寒風吹きすさぶなか、よく生き延びたものだと思う。
顔も、なんともかわいい。


Monday, April 4, 2011

4月4日

早いもので、もう4月。
日本では、入学式に
新年度に、就職に、
津波の被害のニュースが流れるなか、
さらに、あわただしそう。

ここは、
何といってニュースもなく、
今週末に、WOMADがくることくらい。
こんなに平和でいいのだろうか。
なんだか申しわけないくらい平和。



Rosie 6

ふるさとは遠きにありて思うもの

ご飯ですよ(ご飯の上にのせて食べる瓶入りののり)のCMで使われていたこの1節が突然浮かんできた。あのCMのおじさんが誰だったわかる人がいるとありがたい。)


こんなおおきな字にできるやないの?
読みやすい!



室生 犀星(むろう さいせい、本名: 室生 照道(てるみち)、1889年(明治22年)8月1日 - 1962年(昭和37年)3月26日)は、石川県金沢市生まれの詩人・小説家。
















経歴 [編集]1889年、加賀藩の足軽頭だった小畠家の小畠弥左衛門吉種とハルという名の女性


の間に私生児として生まれた。生後まもなく、生家近くの、真言宗寺院雨宝院住職室生真乗の


内縁の妻赤井ハツに引き取られ、その妻の私生児として照道の名で戸籍に登録された。住職の


室生家に養子として入ったのは7歳のときであり、この際室生照道を名乗ることになった。私生児


として生まれ、実の両親の顔を見ることもなく、生まれてすぐに養子に出されたことは犀星の生い


立ちと文学に深い影響を与えた。「お前はオカンボ(妾を意味する金沢の方言)の子だ」と揶


揄された犀星は、生みの母親についてのダブルバインド(二重束縛)を背負っていた。『犀星発句集』、(1943年)に見える






夏の日の匹婦の腹に生まれけり


の句は50歳を過ぎた後も、犀星がこのダブルバインドを引きずっていたことを示している。






1902年(明治35年)金沢市立長町高等小学校を中退し金沢地方裁判所に給仕として就職。裁


判所の上司に河越風骨、赤倉錦風といった俳人があり手ほどきを受ける。新聞へ投句を始め


1904年(明治37年)10月8日付け『北國新聞』に初掲載。この時の号は照文。その後詩、短


歌などにも手を染める。犀星を名乗ったのは1906年(明治39年)からである。犀星という筆名


は、当時金沢で活動をしていた漢詩人の国府犀東に対抗したもので、犀川の西に生まれ育った


ことからと言う。犀星が育った雨宝院は犀川左岸にあり、犀星はこの川の風情と、上流に見える


山々の景色とをことの外愛した。1913年(大正2年)北原白秋に認められ白秋主宰の詩集『朱


欒(ざんぼあ)』に寄稿。同じく寄稿していた萩原朔太郎と親交をもつ。1916年(大正5年)


萩原と共に同人誌『感情』を発行。1919年(大正8年)までに32号まで刊行した。この年には


中央公論に『幼年時代』、『性に目覚める頃』等を掲載し、注文が来る作家になっていた。


1929年(昭和4年)初の句集『魚眠洞発句集』を刊行。1930年代から小説の多作期に入り


1934年(昭和9年)『詩よ君とお別れする』を発表し詩との訣別を宣言したが、実際にはその


後も多くの詩作を行っている。1935年(昭和10年)、『あにいもうと』で文芸懇話会賞を受賞。


芥川賞の選考委員となり、1942年(昭和17年)まで続けた。1941年(昭和16年)に菊池寛


賞。






戦後は小説家としての地位を確立し、多くの秀作を生んだ。娘朝子をモデルとした1958年(昭和


33年)の半自叙伝的な長編『杏っ子』は読売文学賞、同年の評論『わが愛する詩人の伝記』


は毎日出版文化賞を受賞。古典を基にした『かげろふの日記遺文』(1959年(昭和34年))


では野間文芸賞を受賞した。この賞金から翌年、室生犀星詩人賞を設定。1962年(昭和37


年)、 肺癌の為に死去。






抒情小曲集の「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」の詩句が有名である。この句の通り、文壇に名を轟かすようになった後も金沢にはほとんど戻ることがなく、そのかわり犀川の写真を貼っていたという

Saturday, April 2, 2011

Rosie 5


映画PAULを見に行く。

こんなに笑った映画は、はじめて。

久しぶりに家族で、げらげら笑った。


わたしのお気に入りのイギリス人の俳優さんは、
さらにおもしろさに磨きがかかっており、
しっかり元を取った感じ。

かえってから、
NHKをみる。

80%の農地が、海水でおおわれている。
わたしは、農家だから、
どこへもいけない。

海水で、すっかり池のようになっている田んぼを前に、
ぽつりぽつりとしゃべるおじさん。

米をつくるためには、
全部の土をかえなかればならないそう。


花見は、今年はおあずけになりそうな気配。

日本といえば、桜。

酒盛りなしで

ゆっくりと、桜を堪能する年なのかもしれない。

そういえば、わたしは、もう16年も、桜を見ていない。


 

4月1日


ひまひまおばさんの水彩画日記,

UAE,Watercolour Club

光と影、from UAE,

はにはにの母の根性日記、

Watercolour network

あたらしいブログの名前を考え続けて、早3ヶ月経過。

なんかあたらしいやる気のでるような、
いい名前はないものかと、おもっているのだが
日々だらだらと、流れていく。
2011年にかえるつもりでいたのだけど。

昨夜は、
知りあいにかりた中国の映画、
飲食男女(Eat, Drink, men, women)

タイトルがすごい。
英語のタイトルをみて、
思わず笑う。訳はそのまま。

料理のシーンは、もう芸術。

最後の落ちは、見事!!!