Saturday, February 26, 2011

これは、フラッシュをたいてとった写真から描いたので、
ひらべったい絵になりました。
正面から、光を浴びているので、
絵を描くには最悪の写真です。
あきの顔というより、わたしの顔に似てしまったので、
自分でびっくり。




おかあさんは、あなたのことほこりにおもうわというけど、

口ばかり。ほんとにそうは、おもってないでしょ?と子どもに

言われて、かなりのショックをうけました。

そういうつもりでは、ないのですが、

いつのまにか、そういうふうにふるまっているのだろうなとあやまりました。





いわないとしないから、ついつい算数おわったの?

ときいてしまいます。

いわないとしない。しないから、言う。

これのくりかえしで、何年もたちました。

本人もやらなければならないのは、わかっているようですが、

算数嫌いはどうしようもないものです。

先生と話すとあきだけではなく、一般的にそうらしいです。

算数ときいただけで、拒否反応をみせる。

わたしが、小さいとき、算数は大嫌いだったので、あんなふうにはなってほしくないというわがままな親の願望なのです。



子どもと親の関係は、おもったより複雑です。

一人の人格として、尊重するからといって、何もいわないから好きなようにしなさいというと世界はひろがらないだろうとおもうからです。
最初は、乗り気じゃないこともくりかえすうちに

そこから、なんだおもしろいじゃない?

と言うことがあるからです。見せないと見えないものです。



光がないと、何も見えません。

暗闇の中で、ものはまったく見えません。

ものは、光を浴びて存在を発揮します。

小さなとき、図画の時間に、光の大切さを習いませんでした。(習ったのかもしれませんが、聴いてなかったのかもしれません。)

どっちから、光が来ているかということがとても、大切なのだとおもいます。

その、光がたぶん親なのだろうとおもいます。

どっちから、光を当てるとか、どんな光を当てるとか、光の当て方しだいで、子どもはどんな風にでも輝くのだろうとおもいます。

なんとまじめな夜でございましょう。(笑)

今日は、縄跳びという光を当てました。

1日1分やろうということになりました。

3日坊主の私も、始めました。

すうどくは、2週間しか続かなかったので、これもあまりあてになりません。

http://carolmarine.blogspot.com/

4 comments:

Shungo Asada said...

22日に絵手紙用というか スケッチ用に
ハガキを150枚 送りました。
安い物も入っていますが子供たちの 練習用などには 良いかなと思って・・・。

はるちゃまん said...

最近、マダムのつぶやきは含蓄のあるもので、ほぼ子育てが終わったわたくしとしては胸に迫るものがありますですよ。
これでよかったのかな・・とね。
親は子に最善と思ってしたことでも、子はどう受け取っているか正直なところはわかりませんからねぇ。

わたくしもドキリとして娘に聞いてみたら、案外満足しているようで、親の手前本音は言えないのかもしれないけど、ちょっとほっとしました。

家族3人で過ごすのもあと半年余り。
時の流れは速いものです・・・しみじみ。

Unknown said...

シニアさんへ

150枚ですか?
それは、またすごい枚数ですよ。
なんだか恐縮です。
でも、うれしいです。
たのしみーーー。
こどもたち、どれくらい貴重なものかわかってくれるでしょうか。

Unknown said...

はるちゃまんさんへ

親が子供に教えることは、
いかにひとりで生きていくかを教えることときいたことがあります。だから、
算数を教えるのではなくて、これをしないとあとあとどういうふうなことになるかを教えるんですって。でも、毎日のことそんなのんびりしたことやってられません。
算数終わった?
ピアノはやったん?
服ハンガーにかけんと。
風呂は?
シャンプーした?
洗濯ものかごにはいってないよ!
なにもいわんとpcばかりやってるので、
ついつい言ってしまいます。疲れます。
ひとりになって、朝から、晩まで、のんきに絵ばかり描いている生活、いいだろうなとおもいます。でもひとりになると、さみしいんでしょうね。